華乱風彩 第伍章




 雛が体を休めることに決め深い眠りに入ろうとしていた頃、兼房は鬼子のことを告げた僧と再び会っていた。
「そうでございますか。無事、鬼子の娘を手中に納められましたか。それは何より。私もお教えした甲斐があったというものでございます」
「お主の話のお蔭だ。何せ、鬼子の娘、雛と申したか。あの娘、私が見つけたときには狩る者と対峙しておった。もし、いま少し見つけるのが遅かったならば、もしかしたら殺されておったやも知れぬ」
 兼房は、僧に話を聞いてからすぐに行動を起こしていた。通足と対峙していた従者は、術者としても使える者たちであったが、同時に諜報活動のようなものも得意としていた。そういった者たちを囲っていたからこそ、現在雛は兼房の屋敷へ居るのである。
「して、兼房様。私にはお教えくださりませぬか。……何故、鬼子を御所望なされるのです」
「立ち入ったことを聞くでない。おぬしが知らなくてよいこと。褒美は取らすゆえ、そのようなことは二度と聞くでない」
 先程までの穏やかな雰囲気とは一変して、兼房の身にまとう空気は冷たいものへと変わった。それを僧も敏感に察し、これ以上立ち入るのは避けたほうがいいと判断したのであろう、そそくさと暇乞いをし、暗闇にまぎれて屋敷から立ち去った。
「俗世から離れた者が、何故俗世のことを知りたがるのか。私が鬼子を使い、どのようなことをしようとも、仏の道に入った一階の僧などには何の関わりもないこと。ほんに、人というものは欲深き生き物よ」
 僧が去ったことでまた気分が元に戻ったのか、兼房は扇を口元に当てながら笑みを浮かべた。
「私が、鬼子の力を使って政敵を亡き者にしようが、仏門の者には関係の無いこと…。もっとも、あの者が寺での最高位の僧というのなら話は別じゃが。巷では陰陽師による呪詛が盛んではあるが、呪詛返しをされたものも多く、効果のほども陰陽師の腕次第。有力者程有能な陰陽師を囲っているというに、陰陽師で対するというのは愚の骨頂。さすれば、ほんに鬼子とは、良き者じゃ」
 誰にいうともなしに、兼房は一人ごちた。ようやく鬼子を手に入れることが出来、政敵を亡き者にして朝廷での自己の権力をより強大にする、その第一歩を踏み出すことが出来たのである。
 藤原氏によって中央政府は掌握されているといっても良い。元皇族とはいっても、賜姓降下された時点で名はあっても実のない貴族の一族となったのだ。なまじ、皇族の祖先を持っているがために気位だけは高く、人の下につくことを良しとしない気性のものが多い。穏やかな性分であればいいものの、兼房は人一倍権力への執着が強かった。血筋的には自分に劣る者の下で一生を終えなければならないとは、虫唾が走る思いがするのだった
。  兼房が一人悦に入っている頃、純清、忠清は既に兼房の屋敷の内部へ入っていた。純清は兼房の部屋の床下に忍び込み、兼房と僧の話を聞き、また兼房の一人語りも一字一句逃さず聞いていた。忠清は、兼房と僧の話が終わった後、退出する僧をつけていった。僧の身元・寺を特定するためである。わかった後は通足へ報告をすることとなっている。報告がいった後、狩る者の誰かが僧の口を封じるのに向かうだろう。どこから鬼子の情報を得たのかは知らないが、これ以上誰かに鬼子のことを触れ回られても厄介である。確かに通足の言うとおり、早急に対処しなければならなかった。
「純清殿」
「戻ったか、忠清」
「はい。通足様にご報告しましたが、やはり口を封じることにされたようです。既に手の者を派遣されました。源兼房については暫く泳がせるとのこと。今日のところは鬼子の居場所、兼房の屋敷の様子を探って帰ってこいとのことでした。勝足様とも相談の上、今後のことは決められるそうです」
 やはり、源兼房に対してはすぐに動くというわけにはいかないようである。もっとも、忠清は、兼房の真意を聞く前にここを離れたのであるから、今現在兼房の思惑を知っているのは純清唯一人である。一刻も早く勝足の屋敷へ帰り、この情報を伝えなければならない。
 純清と忠清は、通足に指示されたことを探ってから勝足の屋敷へと帰路を急いだのであった。

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