「政敵の排除……」 純清から源兼房の思惑について報告を受け、通足は驚くと同時に、やはりと思った。僧を処分する際、どこまで知っているのかを探らせた。その者の話によれば、「鬼子は人に害をなす力を持っている。それは陰陽師の術とは性質を異にし、それ故術返し等の被害を被る恐れのない力。敵にすれば大きな脅威となるが味方にしてしまえばもっとも頼みとすることが出来る力である」そのような事を怯えながら語ったという。 当たってはいるものの、何とも表面的な知識しか僧は持ってはいなかった。また、その情報の出所にしても、その者の家で語り継がれたものだという。どうやって、現在鬼子がこの世に存在していることが分かったのかについては、とある人物から聞いたとしか言わなかった。僧も、顔は見ていないようである。 兼房の動向とともに、この、僧に情報を伝えた者についても探らねばならなくなった。 鬼子について深く知っている者は「狩る者」に限られる。とすれば、「狩る者」の誰かが外部に情報を漏らした可能性がでてくる。そのような者を放っておくわけにはいかなかった。 とはいえ、通足はまだ父である勝足の命によって動いている身。勝手に動くことは出来なかった。時刻は既に子の刻をまわっており、勝足を起こしてまで報告をするのは憚られた。 まだ何も分かってはいない雛が、兼房の思うように動くとも思えない。まだ猶予はあると考え、通足は報告を夜が明けてからすることとし、純清・忠清にねぎらいの言葉をかけた後、自らも疲れを癒すべく床に横になった。 (できることならば、私が生きているうちに鬼子など生まれなければ良かったものを) 横になっても、今日初めて会った鬼子の少女が頭をかすめ、一向に眠りは訪れなかった。 何も理解していないあの少女を始末せねばならないと考えると、通足は心が重くなるのであった。 夜が明け、出仕する前の勝足に、通足は純清を従えて報告をしていた。 「貴族というものは、自らの出世以外に興味はないのか。貴族が鬼子を欲する理由など、それ以外にはないだろうが、だが浅ましいものよ」 勝足が言った言葉は、狩る者の誰もが思ったことであろう。狩ろうとする者がいれば、鬼子を匿い利用しようとする輩もいる。謀略をめぐらし、政敵を陥れるのが常となっているこの世でも、呪術などを用いて政敵を亡き者にする行いは決して褒められたものではなかった。そこで目をつけられるのが鬼子なのだろう。だが、その鬼子は始末せねばならない存在なのである。 「源兼房については今しばらくそのままにしておけ。鬼子について知っている以上、何らかの手は講じねばならんが、僧のように口を封じるというわけにはいかん。本人が申しているように、元をたどれば皇族。我らだけで判断するには過ぎた相手よ。しかし、鬼子については、即刻兼房の屋敷から連れ出さねばならん。連れ出し、即始末するのだ。いいか、猶予はないぞ。くれぐれもしくじるな」 そう言い残し、勝足は出仕していった。 通足は、雛を連れ出すために、純清に忠清を伴って源兼房の屋敷へ潜伏するよう命じた。そして自分は、家人に左兵衛府へ物忌みであると伝えにいかせ、兼房が出仕したであろうころを見計らい、兼房の屋敷へと向かった。 一方、兼房の屋敷で朝を迎えた雛は、大分精神的に落ち着いてきていた。もちろん、まだ分からないことだらけであり、不安もある。しかし、分からないことは、兼房から聞き出すしかないこともまた分かっていた。もっとも、聞いたとして教えてもらえるかどうかは分からなかったが。 部屋に朝餉が運ばれてきたが、それは今まで雛が食べていた食事とは比べ物にならないようなものだった。これが庶民と貴族の差か、と思いながら、一人食事をしていると、兼房がやってきた。 「どうじゃ、よく眠れたか。朝餉は口に合うか」 「お蔭さまでよく眠ることが出来ました。このような食事、初めてですがとてもおいしいです」 昨日、口の利き方がなっていないといわれたばかりである。また言われるのも癪なので、雛はできるだけ丁寧な口調で応対した。 「ほっ、頭は悪くないようだな。態度や口の利き方を改めるとは、殊勝な心がけ。お主には、これから私の役に立ってもらわねばならぬからな。少し教えておかねばならぬと思うて来たのだが…。聞く覚悟はできているか?」 「私が鬼子だということについてですか?それでしたら、私もお聞きしたいと思っていたことです。話してください」 朝餉の膳を脇に避けて兼房の前へ膝を進めて雛は言った。兼房と雛は目線を合わせてどちらも外そうとはしなかった。お互いに、そこから何かを探ろうとしているかのようだった。 「わかった、話すこととしよう。まず、鬼子とは、それは大きな力を持った者なのだ。その力は何者にも勝るもの。あの通足や、私の従者よりもな。そしてその鬼子とは、お主じゃ。だがまだお主は、その力にも気付いておらぬ。ましてや、使い方も分かっておらぬ。それ故、お主にはこれからその力を扱う方法を覚えてもらわねばならぬ。それには私の従者が役立つであろう。そして、力が使えるようになった暁には、私とともにこの世を良くしていく為に、その力を振るってもらう。詳しいことは力が使えるようになってからじゃ。良いな」 ほとんど何の説明にもなっていないような兼房の言葉だったが、問いを差し挟むことは許さないというような口調に、雛は「わかりました」と答えるしかなかった。 「兼房様」 従者の呼ぶ声がし、兼房は出仕するために屋敷を出て行った。そして、身の回りの世話をすると言っていた鈴香も、膳を下げると「用があるときはお呼びになってください」と言って部屋から出ていってしまった。 力を扱う方法を覚えさせると言っていたものの、兼房の従者がやってくる様子もなく、雛は部屋の隅で何をするでもなく、壁に体を持たれかけさせていた。 雛のいる部屋の天井から音もなく人影が降りてきたのは、その時であった。 |