雛が兼房に連れ去られ、兼房の従者に行く手を阻まれた通足は、呪符を向けられたときに一瞬ひやりとした。もちろん、自分も方術にある程度通じてはいるが、手練といえるほどの力量であるとは正直思っていなかったからだ。 また、自分の方術は鬼子を滅するためのものであり、他の者へ向けるものではないと自分を戒めてきた。それ故に人に向けて術を行使することにためらいがあったのだ。 しかし、そんな事をいっている場合ではないと言い聞かせ、自分を囲む兼房の従者であり術者である男達と向き合った。通足は、このような手段に打って出た兼房と、それによって現実に足止めを喰らっている自分に自嘲的な笑みを浮かべた。そして、言葉通りに全力で彼らに向かっていった。 兼房の従者は、術者としてもなかなかのものだった。しかし、鬼子を滅するという目的を持って磨き上げられてきた通足の力には及ばなかった。七、八人ほどいた従者は、その半数ほどは気を失うか、痛みで動けなくなっていた。彼らの目的は、通足を殺すことではなかった。もちろん、今までに主の命によって人の命を奪ったこともあった。今回もそう命じられていたのなら、迷いもなくその命を果たすために働いただろう。だが今回はそうではなかった。目的は兼房が鬼子である雛を連れ去るための時間稼ぎであり、その目的は果たされた。もう兼房は雛を牛車に乗せて走り去った後だろう。 従者の中でも一番の手練の男が合図をすると、すぐさま彼らは去っていった。現れた時と同じように、少しの間にいなくなってしまった。動けなくなっていた仲間も、一緒に連れて帰ったようだ。戦いが終わり、通足はほっと息を吐いた。視線を兼房が去っていった方向に向けたが、もうそこには暗闇しかなかった。 「通足様」 音もなく通足の傍に現れたのは、純清と忠清という二人の男だった。二人も通足と同じ狩る者であった。 現在、狩る者を統べているのは通足の父である藤原勝足である。通足、純清、忠清、そして他の狩る物達は、この勝足の命によって動いている。勝足が任を退いたのちに跡を継ぐのは通足であり、それ故純清と忠清は通足に従ってもいる。 「純清、忠清、お前たちは私と貴族、そしてその従者の話をどこまで聞いていた」 「はい。彼の貴族が去っていく頃にこちらに参りましたので、貴族との話は聞いておりませぬ。先程の従者との戦いにつきましては、私は見ておりました。私が入っては通足様のお邪魔になるかと。忠清は、貴族の牛車を追わせました」 「貴族の牛車を追いましたところ、そのまま屋敷へ戻ったようにございます。牛車から降りる娘も確認いたしました。最も、気を失っていたようですが。屋敷は確認いたしましたので、いつでも潜入・暗殺は可能でございます」 通足は、純清の言葉に少々引っ掛かりを覚えたようだったが、それ以外は無表情で聞いていた。 「純清、忠清、すまぬがこれから彼の貴族、源兼房の屋敷へ行き、奴の目的を探ってきてくれ。奴が鬼子を使って何をしようとしているのかが気がかりだ。それと、可能ならば奴に鬼子の存在を知らせた者も探れ。そやつについても何らかの策を講じねばこれから先、厄介なことになるやも知れん」 「通足様、貴族を探るだけでよろしいのでしょうか。鬼子はそのままにしておくのですか」 鬼子を殺すのが狩る者である自分たちの役目である。しかしそうではなく、通足は貴族を探ることを命じた。 「まだ鬼子は覚醒してはいないようだ。力もまだ使っていないと見える。少々の猶予はあるだろう。それよりもまずは、あの貴族だ。鬼子の存在は秘されねばならぬもの。一体どこから漏れたのかはわからぬが、世間にその存在を知らしめることなどあってはならぬ。その愁いを断ち切ることこそ先決」 「わかりました。では、これより源兼房の屋敷へ行ってまいります」 「よろしく頼む」 この日、鬼子とそれを狩る者、そして鬼子を利用し狩る者に対抗しようとする者達が、急速に動き出した。 |