―――早く私を目覚めさせるのだ。この思いを果たす時ぞ。今こそ私を開放するのだ。 (いやっ、やめて。出て来ないで。きっと私は多くの人を……) そこで雛はハッと目を覚ました。全身から汗をかいていた。今の夢は、いつもの夢だったけれど、全く同じではなかった。 (私、あれがなんだか知っている?) 夢の中で雛は、必死であれが出て来るのを押さえていた。出て来てはいけないと思ったのだ。 「どうしてそう思ったんだろう…」 雛は知らず呟いていた。 すると雛の声を聞き付け、女が一人部屋に入って来た。 「お目覚めになられましたね。どこか具合の悪いところなどはありませぬか」 「いえ、ないですけれど…。あの、ここは何処であなたはどなたなのでしょう」 さっぱりわけの分からない雛は、女に尋ねた。 「そうですね。何も説明なしでは戸惑われて当然の事。失礼致しました。それにしても、庶民の方とは思えないほどお美しくて」 「あの…」 誰かに似ていると思いながら、雛は女の話を止めた。 「まぁ、質問にお答えしておりませんでしたね。ここは中納言源兼房様の邸宅にございます。そして私は、貴方様の世話をさせていただく鈴香と申します」 誰かに似ていると思ったら、源兼房だったのだ。ということは、雛はあのまま連れ去られたのだ。兼房の目的も分からないまま……。 「あの、兼房様にはお会いできないのですか」 「いえ、お会いできますよ。実は、目を覚まされたら連れて来るようにと仰せ遣っていたのです」 それならば話は早い。断る理由などは何処にもなく、雛は鈴香に案内され、兼房の元へ急いだ。 「おお、よく参った」 くつろいでいた兼房の元へ赴いた雛は、機嫌の良い兼房の様子に少々とまどった。 (何かあったのかしら) 「不都合な事などはないか」 「ええ」 雛は、堅い態度で返した。 「そう頑なになるでない。私は、そなたが来てくれ、今とても気分がよいのだ」 「兼房様。何故私を?」 通足といた時に言っていた言葉だけではないと、雛は思っていた。自分の利益にならない様な事はしない男に見えたのだ。 「先程申したとおりだが」 だから、この言葉も信じられなかった。信じるわけにはいかなかったのだ。 「善意だけで人を助けるというのは、少々話が上手すぎるのでは?少なくとも庶民の私にすればそうです」 なんとしても真意を探り出さねばならない。 「庶民と…そう申すか。笑止。自分の生まれも知らぬとは。まあよい。今日はゆるりと休むがよい」 そして雛は、鈴香に連れられ、部屋へと戻った。 (結局何も分からなかったけど…でも…) 生まれとは…どういうことなのか。雛の父は、雛が物心付く前に亡くなったと教えられてきたが、嘘だったのだろうか。それとも母が…… 「憶測で物を考えては駄目!」 そう、それは母の教えであり、自らの教訓でもあった。 まずは、情報収集と体調管理が先と決め、兼房に言われたように、ゆっくりと休むことにした。 |