華乱風彩 第弐章




 そして今雛と通足がいるのは、右京の外れである。滅多に人の通ることのない場所へ連れて来られ、雛は不信感を顕にした。
「お母様についての話とはなんなのですか」
「母君の御名前は?」
「宮子です」
「それは本当の御名前ですか」
「どういう意味でしょうか」
 いきなりのわけの分からない質問に雛は戸惑う。
「では俗称などは」
「俗称?………月の宮と呼ばれていたような」
 それを聞いた途端、通足が大きく反応した。
「月の宮様と…呼ばれていたのですね」
 確認を取る通足の表情が、否定の言葉を待っている気がしたのは、雛の気のせいだろうか。しかし雛は否定する言葉を持っておらず、肯定の意を表した。
 苦しげな表情を浮かべた通足は、重い口を開いた。
「申し訳ありませんが、鬼子を生かしておくわけにはいかないのです」
(鬼子?)
 聞き慣れない単語に雛は戸惑う。
 そんな雛の表情を見て取ったのか、通足は鬼子について語った。
 曰く'鬼子とは不定期に現れる者で、呪術に長けており、その力をもって国家転覆を図った者もいた。それ故危険視されている存在である'と。
「そして私は、生まれてしまった鬼子をこの世から消すことが仕事」
「それはつまり、私は鬼子で、だから私を殺すということ?」
 そう尋ねた雛の声は変に乾いて聞こえた。
「そういうことになりますね」
 対して答える通足の声は、重く冷たい。
 通足の本気を感じた雛は、本能的に逃げようとした。しかし、足が動かなかった。
 その時突然第三者が割り込んできた。
「そういう御立場だったのですか、藤原通足殿」
 現れたのは、あの貴族だった。

「どちら様ですか」
 訝るように尋ねた通足に貴族は微笑を浮かべながら答えた。
「これはこれは。直接お会いするのは初めてだったのだな」
 どこまでもじらすように言う貴族に、通足は不快感を隠そうともしなかった。
 それに気付いたのか貴族は苦笑を浮かべた。
「申し訳ない。だがそんなに怒るでない。悪気はなかったのだ」
 またダラダラと話し始めそうになる貴族に、通足は厳しい視線を送った。
「ああ…。どうもすまぬ。私は源兼房という者。何代か前に、姓を賜った。祖先は皇族だったというわけだ」
「そんな高貴なお方が私風情にどのような御用件で」
 放っておけばいつまでも続きそうな兼房の話に通足は強引に割り込んだ。
 兼房はそんな通足を一瞥し、雛に笑いかけた。
「実は私が用があるのは、そなたの方なのだ」
(私!?)
 今まで蚊帳の外だった自分に急に話が回ってきた雛は非常に驚いた。通足もまた同様に驚いたようだ。兼房に目で理由を求めた。
「実はある者から、鬼子とそれを狩る者の話を聞いてな。罪もない鬼子が殺されるというのは、非常に心痛む事ではないか。助けてやりたいと思っていたところ、なんと鬼子は既に生まれていて、今年で十七だというではないか。そこでその者に占わせ、ここに辿り着いたというわけだ。ご納得いただけたか?」
 そう言ってニッコリと笑う兼房はある意味不気味だった。
「そういう事ゆえ」
「えっ」
 雛はいつの間にか兼房につかまえられており、通足の周りは兼房の従者が固めていた。
「私がもらっていく」
「えっ、え〜〜〜!?」
 あまりの展開についていけない雛を気にすることなく、兼房は雛を抱き抱え牛車の方へ向かった。
「まっ、待てっ」
 通足は慌てて追いかけようとしたが、それを防ぐように呪符を向けられる。
「なるほど」
 始めからこうする予定だったのだ。
「では手加減無用」


「いやっ、離して」
「大人しくするがよい」
 暴れて逃げ出そうとする雛を押さえつける兼房は少々苛立ったように声を上げた。
 その時、通足達がいる場所から閃光が迸った。
「ほぅ。さすがに腕がたつようだ」
 面白そうに笑う兼房に雛は怒って声を上げた。
「ちょっと、どういうつもりなの!?一体あの閃光はなんだったのよ!」
「少々、口が悪いようだ。身分をわきまえてはどうなのだ」
 先程とは打って変わって、冷たい声で兼房は言った。
「でもそうだな、教えてやろう。あれは、方術同士がぶつかりあった光。通足殿は、鬼子を滅するために方術も会得しておられるようだ。貴族であるのにな」
 雛は、兼房の‘鬼子を滅するために'という言葉に反応した。自覚はないけれど、二人に鬼子と何度も言われている。自分はその鬼子なのだろう。通足が方術を会得したのは、自分を殺すため。そう考えると、胸に氷塊が落ちたような苦しさを覚えた。

そしてそのまま雛は、意識を手放した。

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