その者、鬼子と呼ばれる者なり。呪術の道に長け、国家存亡の危機をも招く者なり。 狩る者あり。この者等、鬼子を狩る者なり。知る人無けれども、脈々と受けつがれたる稀なる血筋の者なり。 時は平安。旧都平城から新都平安に都が移ってから、早二百年が過ぎた。世は藤原氏の栄華の時代となっていた。しかし、藤原氏の中でも傍系筋の貴族たちはそれ程高位官職に就くことができているわけではなかった。 となれば、他氏はいうまでもなく、行動は起こせないまでも、密かに不満をつのらせていた。 ―――我が力を開放せよ。一刻も早く、早く。 「………」 雛はそこで目が覚めた。母が死んでから毎日のようにみる夢だ。真っ暗な中に雛が一人でポツンと佇んでいると、どこからともなく、あの声が聞こえてくるのだ。声は、父のようでもあり母のようでもあり、また若い娘の声のようでもあった。何とも形容しがたい声は辺りに反響し、まるで雛を包み込むかのようだった。自分が声の中に閉じ込められてしまったような錯覚に陥る頃、きまって雛は声もなくただ目を覚ますのであった。掛け物は汗にぬれており気持ちが悪い。しかし、庶民である雛の家は、春先の今、決して十分な暖をとれるとは言えず、掛け物を取るわけにもいかなかった。 雛はものも言わず、そっと家の外に出た。明け方の空はほんのりと明るく、空気はまだ刺すように冷たい。全身にかいていた汗が瞬時に冷たくなり、雛は身震いする。 (お母様……) 雛は空を見上げながら、心の中で、つい半月程前に突然死んでしまった母を思った。優しかった母は、突然の病に倒れ、大した事もできぬうちに死んでしまった。 「お母様が死んでしまった事とあの夢は、何か関係があるのかしら」 母が死んで、嘆き悲しんでいた雛は、数日の間寝ずに過ごした。そしてようやく眠る事ができた日、初めてあの夢をみた。雛の周りの闇は日増しに濃くなっていく。それは何かの予兆なのかもしれなかったが、雛には見当もつかなかった。 とある貴族の邸宅では、屋敷の主が僧からの話に耳を傾けていた。 「鬼子とな。興味深い話ではないか。して、その鬼子は、今この世におるのか?」 「はい。今年で十七になる娘です」 僧の言葉を聞くと、男は顔に笑みを浮かべ頷いた。 「利用しない手はあるまい。我がために働いてもらおうではないか」 男と僧は、さらに近付きしばらく小声で話をしていたが、僧が音もなく立ち上がり部屋の外に出て行くと男はやおら立ち上がった。 「これで私の天下だ。藤原氏など、敵ではない。もうすぐだ、もうすぐだ」 男は高笑いをしながら熱に浮かされたかのように、何度も"もうすぐだ"と繰り返した。 雛が夢をみるようになって数週間が過ぎた頃、雛をとある人物が訪ねてきた。 「通足様?」 「はい」 雛を訪ねてきた男は、藤原通足と名乗った。もちろん雛の知り合いではない。 「どのようなご用件でしょうか」 丁寧な言葉遣いではあるが、疑いのまなざしは隠せない。通足は少し肩をすくめ、嘆息した。 「そう固くならないでください。怪しい者ではありませんから」 そして通足は、自分は藤原氏の傍系で、左兵衛督であることを告げた。 しかし、身分が分かってもすぐに信用はできない。だから、通足が場所を変えて話をしようと言ってきても、行く気にはなれなかった。 しかし、ある一言が雛を動かした。 ‘あなたの母君に関することです’ |