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クラストが単身現金の引渡し場所に行くと、そこには五、六人の男たちが待っていた。
「これはどうも。お忙しい中わざわざすみませんねぇ。それで、約束のものは?」
男たちは下卑た笑いを浮かべながらクラストを取り囲む。変なまねをすればすぐに攻撃するぞとばかりに。
「その前に聞く。王女はどこだ」
嫌悪感を隠そうともせずにクラストは問う。
「大丈夫ですよ。金さえもらえれば王女様に用などない。王宮へ俺たちが送って差し上げますよ」
「つまり、この場に王女はいないと…。どこにいる」
「あんたに教える必要は、俺たちにはないと思うんですがねぇ。なぁ」
そう言って他の男たちに笑う。
「そうだそうだ。それに、俺たちが大丈夫だって言ってるんだ。大丈夫なもんは大丈夫なんだよ」
一人の男の言葉に、男たちは笑った。しかし、
「どういう理屈だそれは。そんなものがどれほどの信用に足るものだと思ってるんだ、お前は」
侮蔑しているような口調でクラストは、その男を横目に見ながら言う。あくまで、正面からは見ない。
「馬鹿にしやがって。俺たちは暇じゃねえんだ。さっさと金よこしな」
どうやら気の短い男だったらしい。クラストのほうに、短刀を向けて近づいてくる。
「確かに、時間の無駄だな」
クラストはそう言うと、男の鳩尾に膝蹴りを食らわせる。男はたまらず倒れた。
「貴様っ……」
「時間の無駄だと言っただろう。王女の居場所を教えるか、かかってくるか、二つに一つだ。どっちか好きな方を選ばせてやる。さあ、どっちを選ぶ?」
「や、やろう。なめやがって」
だが、なかなか男たちはかかってこない。馬鹿な男たちでも、今のクラストの危険さはわかったからだろう。明らかに腰が引けている者もいる。
「時間がないといっただろうが!さっさとかかって来い。ただし、手加減はしない。そのつもりでかかってくるんだな。それができないなら、さっさと居場所を教えろ!」
「ふざけんな!誰が居場所なんか教えるか」
そう言って一人が向かっていくと、他の男たちも続いてクラストに向かっていった。
「お前たちなどには、剣を抜く必要もない」
そう言ってクラストは、全員が短刀を持つ男たちに素手で応戦した。
男たちは、勝てる!と思った。短刀と素手では明らかにこちらに分がある。剣を抜かなかったのも、短刀と長刀では、具合が悪いからだろうと判断したのだ。
しかし、向かってくる男たちをクラストはいとも簡単にかわしながら、急所へと、手刀や拳を繰り出し瞬く間に男たちを倒してしまった。
そしてクラストは、最始に倒した男の髪を引っ張り、仰向けにして詰問した。
「王女はどこに?」
「……」
「どこにいると訊いているんだ、答えろ!」
「…………」
クラストはそこらに落ちていた短刀を拾うと男の首にあてがった。
「死にたくなければ答えろ。答えろと言ってるんだ、死にたいか!」
「…街外れの……倉庫に………」
聞くやいなや、男を昏倒させると、ミリアの元へと向かった。
(王女様……。どうかご無事で。私が行くまで、無茶をなされぬよう)
唇を強く噛んで、クラストは倉庫を目指して走り出した。
「ぅっ……ここ…どこ?」
ミリアが目を覚ますと、そこは薄暗い建物の中だった。少しかび臭く、ずっと使われていなかった建物の様だった。
「やっとお目覚めになられましたか、ミリア王女」
建物の奥から出てきたのは、金髪に藍色の目をした、あの男だった。
「あなたはっ!私を誘拐したのね。一体どういうつもり?そもそもあなたは誰?何故私が王女だと知っているの?」
「質問が多すぎますね、ミリア王女。まず、私の名前はフロイト・ヴァン・エクスノッセ。これで、どうしてあなたのことを知っているのか、おわかりになられましたか。誘拐した目的は……そうですね、後でお話しましょうか」
そう言って男は微笑を浮かべた。
「エクスノッセって……。まさか王族……」
「ええ、そうですよ。ミリア・エト・エクスノッセ王女」
「でも、私、あなたなど知らないわ」
ミリアは困惑気味に言う。
「それはそれは残念ですねぇ。割と近い親戚なのですが……。私の父は、前国王様の弟。つまり、あなたの父上である現国王と私は従兄弟にあたるのですよ」
そのような人物がいることなど知らなかったミリアは、とても驚いた。そして、疑問に思った。
「従兄弟ならば、なぜお父様を困らせるようなことを……」
「……差し上げたかったのですよ」
フロイトの言葉はかすれていて聞き取りにくく、ミリアは聞き返す。
「困らせて差し上げたかったのですよ、私は」
「どうして困らせたいなどと。なぜ…?」
「私の右目は、ほとんど見えません」
「えっ?」
突然フロイトは、自嘲気味な笑みを浮かべて話し出した。
「私の右目は、怪我が原因でほとんど見えません。失明は免れましたが、見えないのとほぼ同じです。なぜ、怪我などをしたのか…。ミリア王女は、二十五年前の事件をご存知ですか?」
「……?」
「やはりご存知ではありませんでしたか」
フロイトは息を少し吐くと、ミリアの目を正面から見据え、表情を引き締めた。
「あなたは王女だ。真実を知る義務がある」
「義務って……」
「私のこの目は、あなたの父上、そう、現国王によって怪我を負ったのです」
「!」
それは、二十五年前、前国王が崩御したときのこと。宰相を務めていた現国王の叔父、つまりフロイトの父は、皆からの信頼も厚く、前国王存命中より、次期国王となるであろうと言われていた。しかし、実際に国王となったのは、前国王の息子である、デスタゴ・ディル・エクスノッセ現国王であった。そして国は二つに分かれた。エクスノッセ王国始まって以来の大きな内乱だった。
フロイトは、もちろん父親の側についたのだが、負けたのはフロイトたちだった。
フロイトの父は殺され、フロイトは一貴族としての身分を与えられ、政治に関わることは許されない身となった。そして、その内乱のとき、フロイトは右目に傷を負ったのだ。
「私たちの敗北は、あちらの夜襲、民を盾とした戦い方など、卑怯極まりない戦法の前での敗北でした。私のこの右目は、私に復讐心を掻き立てる。そう、ミリア王女誘拐は国王への復讐。私は、復讐のために今まで生きてきたのです。ミリア王女には申し訳ありませんが、身柄はこちらで……」
「そこまでだ!」
倉庫の扉が開き、太陽の日差しが差し込む。
言葉を発した者の顔は、逆光でよく見えないが、羽織っているマントはボロボロで、あちこち黒くなっており、着ている服も同様に破れて汚れているのが見てとれた。
「貴様はっ?」
「王女を返していただく」
そう言って、足を一歩踏み出す。逆光で見えなかった顔が初めて見える。
「クラスト!」
「ご無事で何よりです、ミリア王女」
言葉とは裏腹に、表情も口調も厳しい。
(怒っている…)
直感的にミリアはそう感じた。そして、よくよくクラストを見ると……
「!」
黒いしみに見えたものは、血だった。
「クラスト!それ、血……」
ミリアはうろたえる。もしもこれが、全部クラストの血だったら……。私のせいでクラストが…………。
「ほとんどが返り血です、ご心配なく」
フロイトのほうを向いたまま、クラストは返す。
「フロイト様」
「……」
「お話は、外で聞かせていただきました。復讐などと馬鹿なことを。しかも、その復讐のために王女を誘拐するなど、愚かな」
「愚かだと!」
「そうではありませんか」
クラストはフロイトに近付き、そして思い切り殴った。フロイトは積んであった箱の山に激突し、大量の箱の下敷きとなる。
「クラスト……」
「ミリア王女」
クラストはミリアに大股で近付き、その頬を打った。
驚いたのはミリアだ。
「何をっ……」
「お黙りなさい!王女、あなたの勝手な行動のせいで、どれほどの人が心配し、迷惑を蒙ったかおわかりか!国王様だけではない。宰相様、大臣様、事情を知っておられる方々全員が心配したのです。王宮へ届いた手紙のことは、私がお話したはずです。それなのに、この有り様。私に否が多少あったことは認めましょう。ですが、ご自分の行動を反省し、二度とこのようなことがないようにして頂きたい!」
「ごめんなさい…。……私…本当に……ごめ………」
ミリアは泣き出すのを抑えられなかった。本当は自分の身勝手さなど、初めからわかっていた。自分が情けなくてしょうがなかった。悔しかった…。
でも、それ以上に安心した部分も大きかった。
クラストが助けに来てくれた。怒ってくれた。
こうして自分を怒ってくれる人が、今までに何人いただろうか…。最後に怒られたのはいつだっただろう。
「おわかりになられればよろしいのです。私も心配したのですよ」
幾分柔らかな口調でクラストが言う。
「えっ!」
「なんですか、その反応は…」
「だって、私のこと、嫌いなのでしょう?」
「まあ、好きとは言えませんが、嫌いでもありません。嫌いならば、護衛を続けてはおりません。とっくに辞めてます」
「そうだったの……」
よかった。嫌われてはいなかった。
「では、帰りましょうか」
ミリアはクラストに背中を支えられながら外へ向かって、光へ向かって歩き出した。
しかし、フロイトが箱の中から起き上がり、驚くべきスピードでミリアを掴み、首筋にナイフをあてた。
「「!」」
「このまま帰すわけにはいかない。私は復讐をするのだ。私の父を殺し、私の目をこんなふうにした国王に!」
「……」
「復讐をするのだ、どんな手を使おうとも!」
(もう、この人の頭の中には、復讐しかないのね……)
「お前は話を聞いていないのか!」
「何?」
クラストは、怒気をはらんだ眼差しをフロイトに向ける。
「国王さまへの復讐のために、ミリア様を使うなど、愚かの極みだと。私が許さないと。そう言ったはずだ!」
「愚かだと?」
正気を失ったような、虚ろな目をしたまま言葉をつむぐ。
「愚かな事ではない」
どこか見下した様な微笑を浮かべると、言葉とともにクラストに斬りかかった。
「愚かな事などではない!ミリア王女を殺せば…」
必死で斬りかかっていったフロイトをクラストはかわし、手のナイフを蹴り落とした。
そして自分の剣を抜き、フロイトの喉元に突きつけた。
「続きを言ってみろ」
「言ってやる!国王の唯一の肉親であるミリア王女を殺せば、国王の心はどんなにか」
フロイトは、そこまでしか言うことができなかった。
クラストが、剣をフロイトの右目に突き刺したのだ。
「あぁっ……くっ………う…」
「なんて事を!」
「ミリア様は黙っていてください」
ミリアの方をちらりと見てクラストは言ったが、すぐにまたフロイトに視線を合わせる。
「俺をどこまで怒らせれば気が済むんだ、お前は!」
「おのれっ……」
起き上がろうとするフロイトの気配を察し、クラストはミリアに外に出ているように言った。
「でもっ」
「いいから、早く!」
切羽詰ったようなクラストの勢いに呑まれ、ミリアは転がるようにして、建物の外へと出た。
ミリアが出たのを確認すると、剣を抜き、フロイトの襟を掴み、顔を近づけて言った。
「さあ、俺はお前から右目の光を完全に奪った。復讐なら俺にしろ」
「何を言っている!」
「それにお前は、真実を知ってはいない。お前が卑怯だといったような事は、国王様が心を痛めながら断行したこと。どうしても負けられなかったから……。お前は、なぜ負けられなかったのかわかるか?」
「それほどまでに王位が欲しかったと言う事だろう」
苦虫を潰したような顔でフロイトは言い放つ。
「そんなわけがあるか。前国王の遺言だったのさ。‘息子を国王に'とな」
「なんだとっ」
「お前の父親は、確かに貴族達から信頼が厚かった。というよりむしろ、人気があった。それは何故か。それは想像に難くないこと。色々と貴族に対し便宜を図っていた……賄賂の見返りとして」
「そんなっ」
「国王様への復讐など考えないことだ。人生を狂わせることにしかならない」
「……」
「では」
そう言って、今までの殺気など嘘のように一礼をして去っていった。
建物の外へと出ると、ミリアが何をするでもなく立っていた。
「ミリア様?」
クラストがミリアの名を呼ぶと、ミリアはゆっくりと振り向いた。
その顔には血の気がない。
「どうしたのですか!」
クラストが叫ぶのとミリアが崩れ落ちるのはほぼ同時。
「ミリア様!」
「クラスト……」
崩れ落ちたミリアを抱きかかえたところで初めて、クラストは周囲の様子に気がついた。
(これはまずいことを……)
周囲には、クラストが倒した男たちがうめき声をあげながら倒れていた。
(こんなところにミリア様を一人で…)
「申し訳ありません。外の様子など全く気にも留めず、失礼を」
「大丈夫よ…びっくりしたけれど……。それより、中は片付いたの?」
「ええ。ミリア様は何も心配なさらないで下さい。何かあっても、私が必ずお守りしますから」
クラストの腕の中でミリアは弱弱しく笑った。
「ありがとう。でも、私決めたわ。絶対クラストを怒らせるような真似はしないわ」
「いきなりどうしたのですか?」
「だって、普段はこんなに丁寧な言葉遣いなのに…まあ、嫌味を言ったりはするけれど……でも、丁寧じゃない。なのに、'俺'とか'お前'とか…。口調も乱雑だったし…」
「すみません。地がでてしまいました」
「だから怒らせないようにしようって決めたの!」
そう言われてはクラストは苦笑するしかなかった。
「それでは帰りましょうか」
「そうね」
そしてクラストはミリアに背を向けてひざまづいた。
「何?どうしたの?」
「おぶさってください」
「な、何をっ……」
そのままの格好で、顔を後ろに向けながらクラストは言った。
「馬車や馬を呼んでいる時間はありません。かといって、ミリア様、私が拝見いたしますところ、王宮までご自分で歩いていかれるのは無理かと……」
図星のミリアは下を向く…
「ミリア様」
「わかったわよ。おぶさればいいんでしょ、おぶされば」
そう言ってクラストの背中に身をあずけた。
「しっかり掴まっていてくださいよ」
そうして二人は太陽を背中に感じながら王宮へと帰っていった。
王宮へ帰ると、ミリアは数時間、大臣達の歓喜の言葉や、侍従の説教、衛兵からの質問攻めにあった。
クラストに目で助けを求めたが、「当たり前です」とでも言うかのように、まるっきり無視された。
そして、ようやく開放されたミリアは部屋へと戻った。そしてそこで、クラストにこれでもかというほど説教された。侍従何十人分も……。
「どうされました?」
「え?」
どうやらボーっとしてしまったらしかった。クラストが顔を覗き込んでいた。
「気分でも?」
「そうね。あなたの説教のせいで気分は悪いといえば悪いわね」
だが、話を聞いていなかった理由はそうではなかった。
ミリアは、建物の外に出たあと、こっそり二人の会話を聞いていた。一字一句逃さずに。
そして、ミリアすら知らないようなことを言っていたクラストに、疑問を抱いた。
―――どうして知っているのか―――
それほど身分も高くないのに、知っていることが多すぎた。なぜなのかと、疑問を抱くのは当然のことだった。
しかしミリアは聞けなかった。クラストに説教をされている間も、聞こうと思ってはやめるということを繰り返していた。
何か、聞いてはいけない領域に踏み込むような気がした。聞いたら何かが壊れるような気がしたのだ。
根拠となるようなものは何もなくても、直感がそう告げていた。
―――一方会議の間では
「今回の件の首謀者についてですが……」
「フロイト公爵ではないのか?」
「他に、誰かいたようです。王女は、その人物に会わされる事になっていたようですが、どうやら現れなかったようです」
「誰なのだ、それは?」
「それがわからないから、こうして話をしているのではないか!」
などと、大臣たちが大声で話をしていると、国王からの制止の声がかかった。
「やめぬか!今日はもうよいであろう。わしは疲れた。お前たちも、疲れたであろう。それに、いくらここで話し合おうとも、何も始まらん。相手もまた、そのうち動くであろう。その時に一気に叩けばよい。今は行動する時ではない。待つ時なのだ。よいな」
そう言われてしまってはどうすることもできない。皆席を立ち自室へと戻っていった。
クラストの長い長い説教が終わると、ミリアはどっと疲れを感じた。
「クラスト…。私、疲れたみたい。寝てもいいかしら…」
「ええ、いいですよ。どうぞお休み下さい」
「ありがと。クラスト、今日は……優しい…のね……。あのね…クラスト…私……訊きたいことが……」
そこまで言うとミリアは力尽きたのか、眠ってしまった。
クラストはミリアを抱きかかえ、ベッドまで運んだ。そして王女の安らかな寝顔を見て、柔らかな微笑を浮かべた。クラストはミリアの見事な金髪を撫で、ミリアを起こしてしまわぬよう、静かに部屋を出た。
なんとか長かった一日は終わった。
今日はいつになく、ぐっすり眠れそうだ。
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