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王女誘拐の犯人は上層部だけが知る、重要機密となった。そして、この事件は未解決事件として処理され、クラストは引き続きミリアの側へいるように命じられていた。
助けに来てくれたクラストに、ミリアは少しずつ心を開き始めていた。しかし、クラストの態度は相変わらずだったので、二人の距離は一向に縮まらなかったが…。
そんな時、突然事件は起こった。
「なにっ?フロイト公爵が王宮に?」
「はい。数名の男たちと共にこちらへ向かっているようです」
クラストは、密かに公爵のもとへと斥侯を放っていた。何か不穏な動きがあれば、すぐに報告するようにと。今の報告も、この者たちからのものであった。
「私を恨んで王宮まで来たか……」
しかし、心の中ではこれでよかったと思う。またミリアを誘拐されずにすんだのだから。
「公爵の所へ行く。今、どこに?」
クラストが急いで王宮の出入り口に向かうと、そこには既に、剣を抜き衛兵たちと対峙しているフロイトと数名の男たちがいた。
自分とフロイトの間に起こったことを知らない衛兵たちがいる以上、ここで下手なことはできないし、言えない。
「これは何事!」
あたかも、何も知らずに通りかかったように装う。騒ぎは、まだ大きくなっていない。
「わかりません。急にやって参りまして、国王様に会わせろと……」
「何っ?」
てっきり自分への復讐のためにやって来たと思ったのだが……。
(それほどまでに,国王様への恨みは深いというのか…)
「剣をおさめられよ、公爵殿。もう復讐など考えぬよう、言ったではありませんか」
「そうであったな」
公爵は少し笑って言った。右目にしてあった眼帯を外すと、そこには光を失った目があった。
「そうであったな。私から右目の光を奪い、自分を恨むように言ったのはおぬしであった。何ともおかしな男…。しかし、私が復讐を誓ったのは国王ただ一人。そう、暴君である国王一人だけ。私は、民衆のために参ったのだ。早くそこを退け!退かぬか!」
(暴君……?)
「公爵様、少々お待ちを。暴君とはどのような?」
「そのままの意味であろう。国王が専制を行なうことは、許されぬ!それを、国王は、宰相殿がお止めになるのも聞かず、無理難題である政策を行なおうと。そのような国王を、暴君と呼ばずしてなんと呼ぶのだ!」
「決してそのようなことは」
クラストの言葉にも耳を貸さずフロイトは続けた。
「今は、宰相殿が必死で止めておられるが、その抑えがきかなくなるのも時間の問題だとか。そのようなことを黙ってみているわけにはいかん!」
「イノス宰相は、確かにご立派であられます。しかし、国王様もまた同様に」
「宰相殿自らがそう言ってらっしゃるのだ」
「宰相殿が?」
―――クラストは、自分を弁護してくれたときの宰相の様子を思い浮かべていた。
それほど面識があったわけでもないのに、なぜ、これほど自分に肩入れしてくれるのか疑問に思った。しかし、自分が行くしかなかったのは事実であり、そのため宰相は自分を弁護したのだと思っていた。
それは違うのか。
だとしたら、なぜ自分の弁護など…。
そこまで考えてクラストはある可能性に行き当たった。
自分が失敗することを見越してのことだとしたら……。
所詮一介の兵士一人、単身乗り込んだところで王女を救出することなど不可能に等しい。
失敗したならば、自分も命を落とすかもしれないが、所詮、口で言っただけのこと。国王様も、口では言っていても、本心では優秀な宰相を殺す気などそれこそ無に等しいと踏んだとしたら。
それならば、全て辻褄が合う。
だとしたら、今ごろ宰相は……
(まずい)
「公爵殿。あなたが、ミリア様を会わせようとしていたのは、イノス・カルチェーナ宰相ですか?」
聞かれた途端にフロイトの顔が強張る。
「公爵たちを捕らえろ。そして、どこか適当な部屋に見張りをつけて閉じ込めておけ!」
衛兵たちへ指示をしたクラストは、国王の元へと急いだ。
―――その頃
ミリアとイノスは王宮の中庭にいた。イノスが、大事な話があるからと、資料室にいたミリアを連れ出したのだ。
「大事な話とは何?イノス」
「実は、あなた様に女王になっていただきたいのです」
「いずれはそうなるでしょうね」
先ほど読んでいた資料の続きが気になるミリアは適当に返事をする。
「いずれではなく、今。今、なっていただきたい」
すぐにはその意味をわかりかねたが、徐々に思考が追いつく。
「今なんと?」
「ですから、女王に今なっていただきたい」
「!」
「国王様の元へ、刺客を向かわせました。おそらく今ごろは……」
イノスは、前々から機会をうかがっていたのだ。国王が一人になる時を…。主だった用も無い今日、国王は一人で自室にいるはずだ。
「嘘よっ!お父様が死んでしまわれるなどと!それとも、もう死んでしまわれたとでも言うの?」
自分で言いながら、ミリアは血の気が失せていくのを感じていた。
「ミリア王女」
「この、裏切り者!国賊!国家に対する叛逆よ!絶対に許さない!」
泣きそうになるのをこらえて、ミリアは言う。
「では、あなたには消えてもらう」
「なっ」
「後の事は安心して私にお任せください。私がしっかり、国を動かしていきますから」
「まさか、最始から…」
「ええ、もちろん。あなたに国政を任せるつもりなどございません。王女、つまりあなたが玉座に座っていれば、民は格段に扱いやすくなる。何と言っても、民というものは皇族に弱いですからね。理由はただそれだけです。大丈夫です。あなたがいなくなれば、フロイト公爵あたりを王位に就かせれば良い。彼が一番、国王に血が近く、扱いやすい。あなたがいなくなればの話ではありますがね」
「じゃあ、フロイト公爵は…」
「ええ、そうです。私がいろいろと嘘を教えて差し上げました。実に予想通りの行動を彼はしてくれました。まあ、予想外だったことといえば、あなたを誘拐してしまった事でしょうかね」
「そんなっ……」
思わず一歩足を後ろに引くと、その間を詰めるようにイノスは足を踏み出した。
「あなたは少々知りすぎた。やはり消えていただきましょう。覚悟!」
イノスは腰から剣を抜き、振りかぶった。
(もうダメッ)
そう思ってミリアは固く目をつぶった。しかし、いつまでたっても衝撃は襲ってこない。恐る恐る目を開けると、目の前には人影があった。
「クラスト!」
「ご無事ですか、王女様」
「私は平気よ。それよりクラスト、その怪我はどうしたのよ!」
「国王様へ放たれた刺客と少々小競り合いを。ご安心ください。国王様はご無事です」
「よかっ……た…」
ミリアは、緊張の糸が切れ、その場に崩れ落ちた。
気を失ったようだが、クラストは確認できない。確認したいのは山々なのだが、イノスの剣を受けているためにできないのだ。
「おのれ〜〜〜っ!」
イノスは大声と共にクラストに斬りかかる。
クラストはギリギリの所でかわし、イノスの手から剣をはじき落とした。
慌てて剣を拾おうとしたイノスの喉元にクラストの剣の切っ先が突き付けられる。
「国王様からのお言葉だ。『死と、国外永久追放、どちらでも好きなほうを選ぶが良い』と」
「そんなもの、どちらも選んでたまるものか!」
声を張り上げると、腰の短刀へ手を伸ばす。
すかさずクラストは、その手を蹴り、みぞおちを剣の柄で突いてイノスを気絶させた。
(衛兵たちが、直にやってくるだろう。その者たちに任せよう)
そしてクラストは、ミリアの元へかがみこんだ。怪我が無いかどうか確かめたが、どうやら傷は無いようだ。
直、目を覚ますだろう。
―――数日後
イノス・カルチェーナ宰相は、国外永久追放となった。現在、宰相の席は空いている。当分は、宰相の席は空席のままだろう。フロイト・ヴァン・エクスノッセ公爵は、領地の三分の一を没収されるだけで済んだ。それは、国王の優しさと、クラストが彼に負わせた傷への、せめてもの詫びだったのだろう。
この事件は、国民たちには知られぬよう、秘密裏に処理され、無事終着を迎えたのだった。
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