永遠〜とわ〜 第九話
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ついに、アスカ王国の軍隊が、戦をするためにメイ国との国境へ向かう日―――ベスは魂三郎率いる兵士たちがゆっくりと行進して行くのを見ていた。
「大丈夫ですか、ベス」 心配そうに顔を覗き込んでくるミミにエリザベスは笑顔で答えた。 「大丈夫。言いたいことは言ったわ。だから笑顔で見送れるの」 「そうですか」 咲乱が、ベスと魂三郎が会う手引きをしたことは咲乱から直接聞いた。ただ、二人がどんな話をしていたのかは咲乱もわからないという。魂三郎を問い詰めても口を割らない。 曰く、'自分とエリザベス様だけが知っていればいい話'だそうだ。 ベスの様子を見る限り、悲哀はない。二人なりの答えを出して、魂三郎は出発したのだろう。自分はそれを見守るだけだ。 「こういうことになってしまったからには、王宮には刺客たちが送り込まれてくるでしょうね」 「なぜ?」 「王家の方がお亡くなりになる事は、民の動揺に繋がります。軍隊も同じです。兵士が動揺すれば、統制が取れなくなります。それは敵国に有利となりますから」 「そうね。確かにそれはあると思うわ。でもね、ミミ。私は別な理由からどうしても死ねないの」 「別な理由とは?」 「約束をしたの。死んだら、私もついて行くと」 「それは……」 「怒らないでね。私が魂を繋ぎとめるにはそれくらいしか…」 「おこりませんよ。むしろ、よくやった!という感じです。それなら魂三郎も必ず戻ってこようと思うでしょうから」 「ええ」 「私たちは、魂三郎たちを信じましょう」 「そうね。じゃあミミ、護衛のほうよろしくね」 「お任せください」 ベスは、もう一度行進を続ける兵士たちを見た。魂三郎を見つけようとしたが、もうかなり遠くまで行ってしまっていたため見つけることはできず、諦めて部屋に入った。 (魂、必ず帰って来てね) そしてエリザベスは、ロコが滞在している部屋へと向かった。 「ロコ、いる?」 答える声はなかったが、勝手に扉を開ける。 「ロコ?」 「人の部屋で何してるの?」 急に後ろから声を掛けられ、驚いて後ろを見る。そこにいたのは、ロコだった。 「ロコ!?部屋にいたのではなかったの?」 「エリザベス。あなたは何を根拠にそんな事を?私は国王様に会っていたのよ」 「お父様に?」 「そう。一応私は客人だから。それより中にはいったら?」 「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」 そして二人は部屋へ入る。ソファに向かい合わせに座ったが、どうも落ち着かず、下を向く。よく考えてみれば、こんな状況は今までに一度としてなかった。 しかしエリザベスには、ロコに言わねばならないことがあった。 「あのね、ロコ」 意を決して口を開き、正面にいるロコを見る。 「なあに、エリザベス」 そう言って微笑んだロコに、いつものようなからかいの表情はなくて… 「あの、ありがとう…」 思ったよりその言葉はあっさりと出た。 それは、ロコに対して、初めての'ありがとう'だった。 「どうしたのよエリザベス。いつものあなたじゃないみたい」 「私、本当にロコには感謝しているの。いくら感謝しても足りないくらい」 ロコの目を見て、はっきりと言う。 「………」 「私、あそこでロコに背中を押してもらえなかったら、魂三郎ときっとあれっきりだった。後できっと、ものすごく後悔した。私には一歩を踏み出す決心がつかなかった。このままでもしょうがないのかなっても思った。でも、今考えたら、そんな事絶対にない。出発前に魂三郎と話ができて本当によかったの。だから…ありがとう」 「よかったじゃない」 「…うん」 「そこまで言われると、喝を入れて正解だったって思うよ」 「そうだね…」 エリザベスは恥ずかしそうに笑う。 「でもエリザベス、あの時と比べ物にならないくらい、いい表情してる」 ロコはエリザベスを見てしみじみと言う。 「私そんなにひどい顔だった?」 「そりゃもう。世界の終わりみたいな」 「……」 「ホント、立ち直ってよかった。こっちまで暗くなる」 「それは重ね重ね…」 「もうお礼はいいから。私は思ったことを言っただけ。そしてあなたは、自分のやりたいようにしただけ。それだけ」 ロコには、いつになく優しさが溢れていて…。自分はなんて果報者だろうと思ってしまった。 「さあ、用事が済んだなら早く出てって。これでも私、仕事があるんだから」 エリザベスは、もう一度ありがとうと言ってロコの部屋を出た。 廊下の窓からふと外を見ると、自分の心のような晴れ晴れとした青空が一面に広がっていた。 *** 先頭を行く魂三郎は表情ひとつ変えずただ前に進む。その魂三郎の隣に馬を進めてきたものがいた。 「よぉ、魂。いよいよだな。心残りはないか」 「…………う」 「なんだって?」 魂三郎の言葉は呟きにも近く、聞き取れなかった。 「ありがとう。最後にエリザベス様と会わせてくれて。感謝している」 「そりゃよかった。決心が鈍りやしないかと思ったが…」 「大丈夫だ。逆に固まった。何としてでも生きて帰ってくる。約束をしたから……」 魂三郎の顔には強い決意が浮かんでいる。 「そっか。まあ、俺はお前が死なないように、副官としてサポートしてやるよ」 「よろしく頼む」 「おう」 そう言って咲乱はまた後ろへと戻っていった。 魂三郎はふぅと息を吐いて、決意をこめた視線を空へと向ける。エリザベスも見ているかもしれない空を……。 こうしてエリザベスと魂三郎はお互いに強い決意を持って別れの日を迎えたのだった。 |