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今日は、各省庁で人事異動が行われ、ミリア王女の護衛も代わることとなった。今まで護衛をしていたウェスターとは、なかなか上手くやっていただけに、残念な気もしたが。
そろそろ新しい護衛が来る頃だろうと思っていると、果たしてミリアの部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
無言で相手は部屋に入り、すぐにひざまずいた。
「本日より、王女様の護衛を務めさせていただきます、ラーディス・クラストと申します」
それだけ言うと、また黙ってしまった。
「……どうぞ、顔をお上げになって」
沈黙に耐えきれず、ミリアは声をかけた。クラストはミリアの言う通りに顔を上げた。
(まあ、ルックスは合格…かしら。腕もたちそうだし。今回も当たりね)
「では、これからどうぞよろしくね」
頭の中で考えていることなど、全く表情には出さずにっこりと笑う。
「はい。軍からの異動ですので、至らぬ点もあることかと存じますが…」
「大丈夫よ、きっと」
満面の笑みを浮かべて言ったが、次のクラストの言葉で表情は凍りついた。
「つきましては、非常の時にだけお呼びください。私も忙しい身。王女様お一人に構っている時間などありませんゆえ」
「なっ…」
「では、失礼いたします」
そしてクラストは部屋を出て行った。部屋にはミリア一人が残され……
「なによあいつ、信じらんない。私に構っている時間などありません?構ってもらわなくて結構よっ!覚えていなさい、ラーディス・クラスト。絶対ただじゃおかないんだから」
あまりに物騒なミリアの決意表明が、誰にも聞かれずに済んだのは、せめてもの救いだったろうか。
―――三日後
「もう信じられない!」
ミリアは、今までにこれほど怒ったことはないというくらい怒っていた。
原因は、つい先日新しい護衛となったクラストだ。
それは、一昨日のこと
ミリアは、久しぶりに街に住んでいる友達に手紙を書こうと思い立った。
しかし、便箋とインクを切らしていることに気づいた。そこでミリアは、それらを調達してきてもらおうと、クラストを呼んだのだ。
前日のやり取りなど、すっかり忘れて…。
案の定、呼ばれてやってきたクラストは、用件を聞くなり、露骨に嫌な顔をした。そして、げんなりした口調でミリアに聞いたのだ。
「よいですか、王女様。昨日の私の話、きちんと聞いておられましたか?」
「も、もちろん」
「では、どうして私はここにいるのですか?」
「何を言っているのか、よく解らないわ…。あなたがいるのは私が呼んだからに決まっているではないの」
クラストは、呆れたようにミリアを見た。
「あなた様は、王女でありながら、頭に何か障害でも持っておられるのですか?」
「何を言うの、失礼な!」
「では、何故私が言ったことを理解してらっしゃらないのですか」
(あ…………)
今更気付いても遅かったのだ。
「非常の時にだけお呼びくださいと私は申しましたね?」
「ええ…」
まるで先生に怒られているような気分だ。
「便箋とインクがないのは、非常事態ですか?それでは、王女様は、毎日が非常事態だらけですね」
「だって、ウェスターは…」
「私は、ウェスターではありません。人も区別できないのですか?」
「なっ……もう、いいかげん頭にきたわ!なんなのよ、あなたは!いちいちいちいち!」
ミリアはクラストのあまりの言いように対し、我慢の限界だった。
「私は事実を述べているまで。それが不条理とお感じになるのでしたら、王女様の今までの見解が間違っていたということでは?」
「何ですって!」
「では、なんの御用もないようですので、私はこれで」
そう言って、クラストは何事もなかったかのようにミリアの部屋を後にした。
「なんなのよ、あの態度は…」
ふつふつと沸き起こってくる怒りを抑えながら、ミリアは侍従を呼んだ。
数分後、ミリアの手元には無事、便箋とインクが届けられた。
しかしこの件のせいで、せっかく考えていた手紙の内容は、新しい護衛の話題ばかりになってしまったのだが…。
そして昨日は……
「クラスト」
「なんでしょう」
ミリアは懲りずにクラストを呼んだ。
ただ昨日と違っていたのは、きちんとした仕事、理由があったこと。
「今日、私は街に行くわ。実は、前街へ行ったとき、いつも行っているお店の百周年記念パーティーに招待されていたの。それが今日なのよね。だからクラスト。あなたは私の護衛として一緒に出席しなさい。護衛なのだもの、そのくらいはするのでしょう?」
意地の悪い笑みを浮かべて言ってやったのだが、クラストは無表情のままミリアに告げた。
「その式典でしたら、国王様が贈り物をされ、御気分がすぐれぬため、王女様は欠席なさると既にお伝えしたそうです」
「そんな事聞いてないわ!」
「そういうわけですので、決して本日は王宮から出ない様、お願いいたします」
「そんな!楽しみにしていたのよ、ずっと前から」
ミリアは泣きそうになりながら訴える。
しかし、クラストは
「国王様の命ですので」
という一言で片付け、昨日と同じように部屋を出て行った。
その日の夕方、侍従から、その画策をしたのは、国王ではなくクラストだということを聞き、ミリアは、本気で泣きそうになった。
(そこまでわたしのことが嫌いなの?もう、嫌!)
ミリアは、少々弱気になっていたが、あることは、心に決めた。
『絶対に、本当に大切な用事があるとき以外に、クラストを呼ぶようなことはしない』と。
そして今日。
バタンッ
急にミリアの部屋の扉が開いた。
「キャーーーッ」
「失礼いたしました……」
そう言ってクラストは部屋を出た。
ノックもせずにミリアの部屋に入ったクラストは、見事ミリアの着替えに鉢合わせてしまったのだ。しばらく扉の前で待ち、侍女が出てくるのと入れかわるようにして部屋に入った。侍女からの、背中に突き刺さるような視線を感じたが、気づかないふりをして通り過ぎる。
部屋に入って、まず目に飛び込んできたのは、仁王立ちのミリアの姿。
「クラスト!私の部屋にノックもせずに入るなんて!どういうつもり?」
「申しわけありません。ですが、急ぎの用でして」
さっきのことなどまるで気にしていないような口調で淡々と言う。
ミリアは、怒りを何処に持っていけばいいのか解らなくなった。
(上手い処世術ね。私も今度真似してみて……じゃなくて!)
などと、つい感心してしまうほど、クラストの口調は感情を抑えたものだった。
「それで、急ぎの用とは?」
「はい。本日より、まことに不本意ながら、王女様の傍へいつも控えていることとなりました。よろしくお願いいたします」
「えっ?」
「それでは、私は控えの間のほうにおりますので」
「ちょっと待ちなさーーーい!」
そう言うと同時にミリアはクラストの服をむんずと掴んだ。
「こちらとしても不本意だけれど、しかもその物言いが頭にくるけれど、まずは理由を教えなさい。説明くらいしてくれてもいいでしょう」
「国王様の御命令です」
「お父様の?何かあったの?」
「いえ、特には」
「嘘をおっしゃい。お父様は理由もなく指図をする方ではないわ。理由を言いなさい」
クラストは諦めたように、ため息をついた。
「わかりました…。ですが、くれぐれも取り乱したりなさらないよう、お願いいたします」
そしてクラストは話し始めた。
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