想いの果て−the end of hearts- 第一章 二つの思いが出会うとき

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 今日は、各省庁で人事異動が行われ、ミリア王女の護衛も代わることとなった。今まで護衛をしていたウェスターとは、なかなか上手くやっていただけに、残念な気もしたが。

 そろそろ新しい護衛が来る頃だろうと思っていると、果たしてミリアの部屋の扉がノックされた。

「どうぞ」

 無言で相手は部屋に入り、すぐにひざまずいた。

「本日より、王女様の護衛を務めさせていただきます、ラーディス・クラストと申します」

 それだけ言うと、また黙ってしまった。

「……どうぞ、顔をお上げになって」

 沈黙に耐えきれず、ミリアは声をかけた。クラストはミリアの言う通りに顔を上げた。

(まあ、ルックスは合格…かしら。腕もたちそうだし。今回も当たりね)

「では、これからどうぞよろしくね」

 頭の中で考えていることなど、全く表情には出さずにっこりと笑う。

「はい。軍からの異動ですので、至らぬ点もあることかと存じますが…」

「大丈夫よ、きっと」

 満面の笑みを浮かべて言ったが、次のクラストの言葉で表情は凍りついた。

「つきましては、非常の時にだけお呼びください。私も忙しい身。王女様お一人に構っている時間などありませんゆえ」

「なっ…」

「では、失礼いたします」

 そしてクラストは部屋を出て行った。部屋にはミリア一人が残され……

「なによあいつ、信じらんない。私に構っている時間などありません?構ってもらわなくて結構よっ!覚えていなさい、ラーディス・クラスト。絶対ただじゃおかないんだから」

あまりに物騒なミリアの決意表明が、誰にも聞かれずに済んだのは、せめてもの救いだったろうか。



―――三日後

「もう信じられない!」

 ミリアは、今までにこれほど怒ったことはないというくらい怒っていた。

 原因は、つい先日新しい護衛となったクラストだ。



それは、一昨日のこと

 ミリアは、久しぶりに街に住んでいる友達に手紙を書こうと思い立った。

 しかし、便箋とインクを切らしていることに気づいた。そこでミリアは、それらを調達してきてもらおうと、クラストを呼んだのだ。

 前日のやり取りなど、すっかり忘れて…。

 案の定、呼ばれてやってきたクラストは、用件を聞くなり、露骨に嫌な顔をした。そして、げんなりした口調でミリアに聞いたのだ。

「よいですか、王女様。昨日の私の話、きちんと聞いておられましたか?」

「も、もちろん」

「では、どうして私はここにいるのですか?」

「何を言っているのか、よく解らないわ…。あなたがいるのは私が呼んだからに決まっているではないの」

 クラストは、呆れたようにミリアを見た。

「あなた様は、王女でありながら、頭に何か障害でも持っておられるのですか?」

「何を言うの、失礼な!」

「では、何故私が言ったことを理解してらっしゃらないのですか」

(あ…………)

 今更気付いても遅かったのだ。

「非常の時にだけお呼びくださいと私は申しましたね?」

「ええ…」

 まるで先生に怒られているような気分だ。

「便箋とインクがないのは、非常事態ですか?それでは、王女様は、毎日が非常事態だらけですね」

「だって、ウェスターは…」

「私は、ウェスターではありません。人も区別できないのですか?」

「なっ……もう、いいかげん頭にきたわ!なんなのよ、あなたは!いちいちいちいち!」

 ミリアはクラストのあまりの言いように対し、我慢の限界だった。

「私は事実を述べているまで。それが不条理とお感じになるのでしたら、王女様の今までの見解が間違っていたということでは?」

「何ですって!」

「では、なんの御用もないようですので、私はこれで」

 そう言って、クラストは何事もなかったかのようにミリアの部屋を後にした。

「なんなのよ、あの態度は…」

 ふつふつと沸き起こってくる怒りを抑えながら、ミリアは侍従を呼んだ。

 数分後、ミリアの手元には無事、便箋とインクが届けられた。

 しかしこの件のせいで、せっかく考えていた手紙の内容は、新しい護衛の話題ばかりになってしまったのだが…。



そして昨日は……

「クラスト」

「なんでしょう」

 ミリアは懲りずにクラストを呼んだ。

 ただ昨日と違っていたのは、きちんとした仕事、理由があったこと。

「今日、私は街に行くわ。実は、前街へ行ったとき、いつも行っているお店の百周年記念パーティーに招待されていたの。それが今日なのよね。だからクラスト。あなたは私の護衛として一緒に出席しなさい。護衛なのだもの、そのくらいはするのでしょう?」

 意地の悪い笑みを浮かべて言ってやったのだが、クラストは無表情のままミリアに告げた。

「その式典でしたら、国王様が贈り物をされ、御気分がすぐれぬため、王女様は欠席なさると既にお伝えしたそうです」

「そんな事聞いてないわ!」

「そういうわけですので、決して本日は王宮から出ない様、お願いいたします」

「そんな!楽しみにしていたのよ、ずっと前から」

 ミリアは泣きそうになりながら訴える。

 しかし、クラストは

「国王様の命ですので」

という一言で片付け、昨日と同じように部屋を出て行った。

 その日の夕方、侍従から、その画策をしたのは、国王ではなくクラストだということを聞き、ミリアは、本気で泣きそうになった。

(そこまでわたしのことが嫌いなの?もう、嫌!)



 ミリアは、少々弱気になっていたが、あることは、心に決めた。

『絶対に、本当に大切な用事があるとき以外に、クラストを呼ぶようなことはしない』と。



そして今日。

バタンッ

 急にミリアの部屋の扉が開いた。

「キャーーーッ」

「失礼いたしました……」

 そう言ってクラストは部屋を出た。

 ノックもせずにミリアの部屋に入ったクラストは、見事ミリアの着替えに鉢合わせてしまったのだ。しばらく扉の前で待ち、侍女が出てくるのと入れかわるようにして部屋に入った。侍女からの、背中に突き刺さるような視線を感じたが、気づかないふりをして通り過ぎる。

 部屋に入って、まず目に飛び込んできたのは、仁王立ちのミリアの姿。

「クラスト!私の部屋にノックもせずに入るなんて!どういうつもり?」

「申しわけありません。ですが、急ぎの用でして」

 さっきのことなどまるで気にしていないような口調で淡々と言う。

ミリアは、怒りを何処に持っていけばいいのか解らなくなった。

(上手い処世術ね。私も今度真似してみて……じゃなくて!)

 などと、つい感心してしまうほど、クラストの口調は感情を抑えたものだった。

「それで、急ぎの用とは?」

「はい。本日より、まことに不本意ながら、王女様の傍へいつも控えていることとなりました。よろしくお願いいたします」

「えっ?」

「それでは、私は控えの間のほうにおりますので」

「ちょっと待ちなさーーーい!」

そう言うと同時にミリアはクラストの服をむんずと掴んだ。

「こちらとしても不本意だけれど、しかもその物言いが頭にくるけれど、まずは理由を教えなさい。説明くらいしてくれてもいいでしょう」

「国王様の御命令です」

「お父様の?何かあったの?」

「いえ、特には」

「嘘をおっしゃい。お父様は理由もなく指図をする方ではないわ。理由を言いなさい」

 クラストは諦めたように、ため息をついた。

「わかりました…。ですが、くれぐれも取り乱したりなさらないよう、お願いいたします」



 そしてクラストは話し始めた。

   

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