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とある王国の王女様は、いつも色んな話をしてくれる吟遊詩人が大好きでした。 ある時、吟遊詩人は「もっとたくさんの物事を見聞きしてきたい」と諸国を巡るたびの許しを乞うてきました。 王女様は、本当は行ってほしくなどありませんでしたが、彼の願いを無下にすることなどできませんでした。ただし、一年に一度帰ってくる事だけ約束させたのでした。 そして吟遊詩人は旅立ちました。彼は王女様に色んな話をしてあげたかったのです。王女様に聞かせてあげられるような素敵な物事を探して、彼は様々な場所へ行きました。そして、王女様との約束どおり、王女様の誕生日の前日に城へ赴きました。王女様は大変喜びました。その笑顔はまるで大輪のバラが咲いたかのようでした。一年ほど会わないうちに、王女様はとても美しくなっていたのです。 何日か城に逗留する間、吟遊詩人は王女様にたくさんの話をしました。大自然の中で暮らす夫婦、森の奥から湧き出る泉と滝、そしてそれにまつわる伝承など、全てを伝えようとするかのように話し続けました。そして、話が尽きたとき、また吟遊詩人は旅立ちました。来年の誕生日にまた戻ると約束をして。 次の年、吟遊詩人が戻ると、王女様はより一層美しくなっていました。そして彼の帰りをとても喜びましたが、その笑顔にはくもりがありました。隣国の王子との結婚が決まったとのことでした。王女様は密かに吟遊詩人に思いを寄せていました。王女である自分が、彼と結婚することなどできないことはわかっていましたが、悲しさを感じずにはいられませんでした。 吟遊詩人も王城に好意を抱いてはいましたが、それが叶うことのない思いであることは百も承知でした。ですので彼は、王女様に祝いの言葉を述べました。それがより一層王女様を悲しくさせたのでした。 そしてまた吟遊詩人は旅立ちました。そして毎年王女様の許へと戻りました。王女様は隣国へと嫁ぎ、子どもを産みましたが、吟遊詩人の話を聞いているとき、彼女の瞳は昔と変わらずキラキラと輝くのでした。 王女様から王妃様へとなっても、彼女の思いは変わっていませんでした。そして、吟遊詩人の心も変わっていませんでした。 王妃様の夫である国王がそれに気付かないはずがありませんでした。国王は吟遊詩人と王妃様を会わせないよう家来に命じました。美しく心優しい王妃様を、国王は心から愛していたのです。 しかし、吟遊詩人は家来の者たちの目をかいくぐり、王妃様に会いに来ました。約束を破ることなど考えられず、また王妃様にも必ず戻ってくるよう言われていたからです。 それを知った国王は怒り、王妃様を塔の最上部へと幽閉しました。ですが、それでも吟遊詩人は王妃様へ話を聞かせるため戻ってきました。直接会うことはできなくなってしまいましたが、話を聞かせることはできたからです。 国王様は、王妃様を誰にも渡したくないという思いにかられました。吟遊詩人に王妃様を取られてしまうのではないかと恐れたのです。そしてついに、王妃様の処刑を命じました。王妃様は国王様のことも愛していました。その国王様の命でしたので、逆らわずに従うことを決断しました。 旅の途中だった吟遊詩人は、風の便りに王妃様の処刑を聞き、急いで戻りました。昼も夜も走りました。そして何とか処刑の日に城へたどり着きました。 王妃様の処刑ですから、城の奥まったところでその処刑は行われることになっていましたが、吟遊詩人は警備の者の目をかいくぐって処刑場へたどり着きました。王妃様はまさに処刑されようというところでしたが、吟遊詩人の姿を見つけると、昔見せたような、大輪のバラが咲いたような笑顔を向け「愛しています」といいました。これが王妃様の最後の言葉でした。 吟遊詩人には王妃様の言葉は聞こえませんでしたが、なんと言ったのかは分かってしまいました。そして国王様は、王妃様の最後の言葉を聞きました。その言葉が誰へ向けたものなのかもわかってしまいました。そして、吟遊詩人の姿を見つけました。家来に彼を捕えるよう命じ、彼の処刑を決定しました。吟遊詩人が話を聞かせる相手はもういません。彼は抵抗することはありませんでした。 王妃様が処刑された日と同じ日に、同じ場所で吟遊詩人は処刑されました。二人は、この世で結ばれることはありませんでしたが、あの世で結ばれることができたのかもしれません。国王様は、親王妃派のクーデターにより命を落とす間際、そう思いました。そして、王妃様のあの笑顔を思い出しながら旅立っていったのでした・・・・・・。 |